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『時鳥厠半ばに出かねたり』(ほととぎすかわやなかばにでかねたり)

人と人とのお付き合いは大切ですが、時として誘われても気が進まず、かといってどのように断れば角がたたないであろうか、と悩むことはありませんか。

人と人とのお付き合いは大切ですが、時として誘われても気が進まず、かといってどのように断れば角がたたないであろうか、と悩むことはありませんか。  

 

明治40年に文豪夏目漱石は当時の総理大臣・西園寺公望が主催のサロン会、「雨声会」に文人たちを招待した時、漱石は誘いを断りました。その時の断りの句がこちら。

 

『時鳥厠半ばに出かねたり』

 

 ほととぎすが良い声で鳴いているが、トイレで用を足しているからすぐに出ていって聞くことができないという意味です。

 

西園寺総理は戊辰戦争の時に会津口征伐大参謀でした。権力嫌いの漱石は西園寺が官軍の参謀であったことが気に入らなかったためこのようにすげなく断ったのであろう、というのが世間での解釈でした。

同じく招待されても断った人に二葉亭四迷や坪内逍遥がいたそうです。

 

しかし、よくよく調べてみればこの句にはもっと深い意味があるのです。

江戸時代には「厠に入っている時に時鳥の声を聴くと凶事がある。その場合は即座に犬のなき真似をすれば、禍を福に転換できる効果がある」そうです。(笠井俊彌著『犬たちの歳時記より』)

 

その意味から漱石の句を鑑賞すれば 『時鳥の初音のような貴重なご招待ではありますが、総理も時鳥と犬のなき真似の習俗はご存じですよね。

たまたま所用のためトイレにこもっておりましたところ、時鳥の初音を聞いてしまいました。

そのため即座に上を向いて犬の吠え声を演じましたところ肝心のモノが止まってしまい、そのようなわけで厠から出かねている状態なのです』という解釈ができるわけなのです。

 

この句に対して西園寺総理が怒ったという記述は残っていませんので、大臣も粋なシャレと解釈してくださったのでしょう。 厠(トイレ)はこのような俳句にも用いられているのです。