小便公方

暴れん坊将軍の子「徳川家重」をご存知ですか?

1603年に創設された武家政権である江戸幕府。

初代将軍徳川家康から15代徳川慶喜まで実に260年続いた最後の武家政権です。

さまざまな功績や悪行で名高い将軍もいれば、 あまり名前を知られていない将軍もいます。

 

その中で九代将軍 徳川家重 をご存ですか。

 

生まれは1711(正徳元)年。1761(宝暦11)年没。享年51歳。

 

将軍在位は1745(延享2)年~1760(宝暦10)年の15年間。

父親は暴れん坊将軍でもおなじみの緊縮財政を推奨して、

幕府の財政回復を行った 徳川吉宗

 

母親はお須磨の方。

 

父・吉宗の時代とは違って家重在職中は農民一揆が多発するなどの事件はあれど、

側近が優秀であったため、特に大事もない無難な時代でした。

 

さて、この家重将軍は元々言語不明瞭で、成長するとともに飲酒癖を悪化させていきました。

また、鷹狩りを好んだ父・吉宗と違い、とにかく引きこもりであったそうです。

 

この家重将軍は健康状態が悪く排尿障害を患っていたために、

江戸城から上野の寛永寺へ行く時は道中に23箇所も便所を設けなければいけないほどのひん尿であり、

周りからは「小便公方」と揶揄されたそう。 将軍も人の子。病気もすれば怪我もします。

特に家重さんはトイレ事情には苦労したようです。

 

※寛永寺・・・三代将軍徳川家光の時代に江戸城から鬼門の方角である丑寅(北東)に鬼門を鎮護するため、

川越喜多院の天海僧正に命じて建てさせた寺。